本当に大事なものは このごろ元親の様子がおかしいと思う。 我が話しかけてやっているというのに気がつかない事が度々。 何か考えているようなのだが、その内容などどうでも良いがこの我を蔑にするとは元親の癖に腹立たしい事この上ない。 今日は夜空に浮かぶ月が安岐の海に映りなんとも月見酒日和だった。 元就は水面で揺れる月を眺めながら杯を傾けていた。だが思い浮かぶは元親の事ばかり。 元親の様子がおかしいと思い始めたのは、霜月にさしかかったあたりだったか。我に構ってこなくなった。べ、別に構って欲しい訳ではないぞ。せいせいしているぐらいだ。だが、いつも煩いと思っていたものがいざ無くなると少々寂しくもある。は!?我は今何をかんがえているんだ。あんな虫けらごときの事でなにをまったく。落ち着け我。 自分で自分を落ち着けるも、くいっくいっと杯が嵩んでしまう。もともと酒に強い方ではなっかた元就の目は完全に据わってしまった。 「海賊の首獲ってくれるわ」 人払いをしていた元就の周りには誰もおらず、1人屋敷を抜け出した事に気づく者はいなかったのである。 土佐ではもう夜半もかなり過ぎたというのに異様な盛り上がりを見せていた。 どうやら長曾我部軍は極上の寳を手に入れたらしい。下々の者に至るまで皆一様に浮かれている様でその事が伺い知れようというもの。 元親の様子がおかしかったのはこのせいか。では何故それを我にに自慢せぬ?いつもだったら聞かなくてもやたらと自慢してくる奴ではなかったか。我に隠し事とはますますもって腹立たしい。いや、我にも教えたくない程に大切な寳ということか。ならば、その寳、我が貰いうけようではないか。 今宵の元就はしこたま酔っていた。普段なら考えつかないような事が思いついてしまうくらいには。きっと日輪が沈んでいる時刻で日輪のご加護が無かったのもいけなかったに違いない。 もはや元就の思考には『元親の物は我の物』という大義名分が鎮座していた。 戦では駒を効率よく動かし采配をふるうが、存外一人というのも悪くない。 さすが馬鹿な元親の部下、我が紛れ込んでも誰一人として不振がる者もおらぬ。 これなら、馬鹿元親の元まで近づくのも容易いだろう。その首と寳貰い受けてやるから待っていろ。にいっと口の端を上げ嗤った。 元就の思考がちょっと黒くなっているのは酒と日輪不足という事でご勘弁頂きたい。 ここ数日長曾我部軍では夜ごと宴が催されていた。 玉座に座る元親の隣にはこの海賊団の集まりにはまったくと言っていい程不釣り合いな者が座っていた。 難なく元親の近くまでたどり着いてしまった元就は、やはり長曾我部軍、我にかかれば容易いなどと考えていた。 実際には元親と元就の仲を知る長曾我部軍の皆々様が元就に気づいて無事にここまで辿り着けさせていたのだった。元就の気質を知る良くできた長曾我部の家臣団はそんな事を気づかせるでもなくやってのける。元親はともかくとして家臣団はけして馬鹿ではないのだ。 話は戻るが、そこで元就は己の目が信じられなかった。 世にも美しい女が元親の隣に座っている。髪はやや短めではあるが美しい黒髪。目元はその知性を覗わせるように涼やかで。笑っているがその笑顔も媚びをうっている訳でもなくどこまでも楚々として美しい。もちろん着飾っている着物も上質で上品。まるで宮中にいる皇女のようだと思った。 なんだこれは。 今日は元親の婚姻かなにかだろうか。 我は何も聞いておらぬ! どういう事だ。散々我に迫ってきていたのは元親だろう。それが何だ、ちょっと無下にしていたくらいで女に現を抜かすとは。元就は「ちょっと」と思っているようだが実際にはかなーり無下にしていたりする。見解の不一致というやつだ。それはさておき、元就はここで非情に狼狽してもいた。 我は奴が気に入らなかったはずなのに、何故故こんなに腸が煮えくりかえりそうなのだろうか。その答えは明白。そんな自分の気持ちがあり得ぬと、認めたくない。だが元就はもともとストイックな性格。自分の気持ちにさえ逃げる事を許さない。ならばもう認めるしかないではないか。奴が我以外にそんな眼差しを向けるなんて・・・許せぬ。 つかつかと元親の前に進みでる。生憎ふらりと出てきてしまった為武器を持ってはいなかったがその目が人を射殺しそうな程剣呑だった。 「も、元就?!」 元親は突然の元就の登場に驚きを見せる 「貴様、我という者がありながら・・・焼け焦げよ!!」 「うわ、ちょ、ちょっと待て!」 突然の元就の登場と「焼け焦げよ」に辺りは騒然となるも、実際には何も起こらなかった。 元親と元就の間に割って入った女が、持っていた扇を開き元就のバサラを防いだのだった。その防御は完璧で元就の攻撃を防ぐだけではなくそのまま元就に返されていたのだった。どさりと音を立てて元就は崩れ落ちた。 「悠月様っ!やりすぎだろーが!!」 倒れた元就を抱き起しながら元親が抗議する。 「私はこの扇で攻撃を防いだのみ。貴方がた長曾我部一族を守るのが私の務めです」 「それはそうなんだが、何もここまでしなくてもよ」 「この子にはお気の毒でしたけれど、この神扇とはそういう物ですし。致し方ありません。ご冥福をお祈りいたしましょう」 「馬鹿いうな、死んでねーし!!」 「分かってます。冗談です」 「冗談でもそんな事いうな、アンタ仮にも神さんだろう」 「そうでしたっけ。ああ、そうでした。私は長曾我部に祝福をもたらすべき生き神でしたね。それで、今日はなんの日でしたっけね?」 「・・・悠月様、申し訳ありません。今日は貴方様のお誕生日でした」 「なぜその子に言わなかったんですか」 「・・・」 「そもそも貴方が初めからちゃんと言っておけば、こんな事にならなかったのではないですか?」 「面目ねえ」 「はあ。でも良かったですね。私も貴方に幸福を授けることができて神の仕事ができました」 「幸福なんか授かったか?」 「後でその子に聞いてみるといいです。まずはその子を寝かせてあげたら?私の力で回復させておきますから」 そういえば元就を抱きかかえたままだった。周りで野郎どももこちらの様子を覗ってオロオロしている。 元就を寝所に寝かせ、散らかった物をかたずけさせ仕切り直しだ。 寝所に元就の様子を見に行くと元就は回復し起き上がっていた。神の力凄ぇなと感心する。だが元就の目つきは鋭いままだ。目があの女は何者だ?と突き刺さるように聞いている。 「あの方は悠月様とおっしゃる、長曾我部の生き神様だ」 「なに?お前の婚礼相手ではないのか!?」 「なに勘違いしてやがる。今日は悠月様のご生誕を祝う日だぞ」 「・・・そうか。悪い事をした」 素直に謝る元就なんてキモチ悪い。それが顔に出てしまっていたのか 「お、お前ごときに謝ったのではないわ!その悠月様に悪い事をしたといったのだ!!」 「ああそういう事にしておくから、後で悠月様にもちゃんと謝ってくれよ?」 「言われずともそれくらいするわ!」 「ああ、それとさ・・・」 どう、切り出そうかと言葉につまる。沈黙を元就から破ってくれた。 「何ぞ?」 思い切って直球勝負 「さっきの『我という者がありながら』ってどういう・・・」 元親の言葉を途中まで聞いたところで、元就の顔がみるみるうちに真っ赤になっていく。目は逸らされ泳ぎまくりだ。そして思わぬ言葉が口からこぼれだす。 「お、お前がここの所よそよそしくするし、どこか上の空だし、我をちっとも構わないし、だから我は・・・我は・・・寂しかった」 もう最後の方は消え入りそうな程小さな声だったが、元親にはきちんと届いたらしい。 がしっと元就を抱きしめ、その唇に自身のそれを重ねた。罵倒や攻撃を予想した元親だったが、逆に手を背中に回され深く求められ、漸くどれ程寂しい思いをさせていたのかを知ったのだった。 長曾我部の内の事、元就に言う事も無いかと思っていたのだが、こんな不安にさせるのならきちんと言っておくべきだったと反省もしたが、言わなかったからこそ今元就は己の腕の中に居るのではないかと思ってみたり。とにかく今は幸福なんで良しとしよう。こんなに可愛い元就はめったにお目にかかれないだろうからな。 ■■■ 落ち着いた元就を伴い宴の座に戻る。 「中座してすまなかったな。ここで仕切り直しとさせてくれ」 「悠月様とやら、今宵はご生誕の宴にも関わらず、我のとんだ勘違いで失礼をして申し訳無かった」 悠月様はにこにことそんな二人を見ている。 「もう結構ですよ。皆様もお待ちかねですから宴を再開して下さい」 「おう、それじゃもう一回乾杯っすぞ。全員杯をもったか?よし、それじゃいくぞ、せーのっ」 「「「悠月様、お誕生日おめでとうございます!!!」」」 こうして元就を加えた宴は空が白み始めるまで続いた。 宴から帰る悠月様を見送る元親に悠月様が耳元に囁いた。 「ね、幸福授かったでしょ?」 ぼっと顔を赤らめる元親だった。 その頃安岐では主が行方不明となっており大変な騒ぎになっていたのだが、まだ夢の中にいる元就にはそんな事は知る由もなかった。 <おわり> |